■日本の芸能、舞台芸術について ~多様、多彩な日本の実演芸術~
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「実演芸術」という言葉は、日常的にはあまりなじみのない言葉かもしれませんが、舞台芸術あるいは芸能のことで、人が演じたり歌ったり演奏したり踊ったりする芸術の分野の総称です。我が国には、古くから継承されてきた芸能が多彩にあり、それらは「芸術」というより「芸能」と呼ばれてきたので、「実演芸術」といわれるとピンとこないという人もいるでしょう。しかし、そうした歴史の長い芸能も、明治期以降に海外から入ってきて定着した舞台芸術やライブのエンタテイメントなどを総称する言葉として、「実演芸術」という用語があります。英語でいうperforming artsにあたります。
ちなみに、芸団協では「芸能」という用語が日本古来の芸能だけでなく、performing arts全体を指すものとして用いてきましたが、日常的に一般に使われる「芸能」は、もう少し狭い意味であることが多いので、全ジャンルの総称として「実演芸術」という用語を用いています。
Performing artsは、通常は、演劇、音楽、舞踊というように大きな分野ごとに分類されることが多いのですが、そもそも、このような分野の概念じたいが明治期以降のことで、それ以前に日本で継承されてきた芸能は、雅楽、能楽、歌舞伎、そしてさまざまな邦楽、舞踊など、それぞれ様式が確立された時代が異なる芸能が別個のものとして共存してきました。芸能の起源は米作りの文化と不可分で、稲の豊作を神に祈り奉納する神事、儀式などから派生したといわれます。また、大陸から楽人が渡来してもたらされた楽器や芸能が、仏教の伝来とともに広がり、日本的に改作されたり新たに作られたりして日本化しました。地域の祭りなどを通じて継承されてきた芸能や、大衆の間で流行し歌い継がれてきたうた、仏教文化や貴族や武家の庇護のもとに大成された芸能などが、相互に影響しあったり独自に発展したりしながら洗練され様式が確立し、今日の伝統芸能のもとをつくったと考えられています。
明治以降、西洋から移入してきた音楽やダンス、演劇などが加わり、古今東西にルーツを持つ芸能、舞台芸術が、重層的に多彩に共存しているのが日本の実演芸術の特徴です。明治時代の欧化政策で、西洋文化が積極的に採り入れられた一方で、江戸期までの芸能を退ける文化政策がとられたこともあり、明治期以前に様式が確立された伝統文化と西洋にルーツをもつ文化を区別する捉え方が一般化しています。けれども、歴史の古い能楽や歌舞伎などもナマの芸能なので時代感覚を反映しないわけはなく、明治時代以降も上演の形態などに変化はあり、まさに生きている芸能にほかなりません。伝統的な芸能は、それぞれが発展してきた歴史を紐解くと理解が深まりますが、演じ手も鑑賞する人々も現代人である以上、「今」という時代を映しだしながら継承され創造されてきたという点では、同時代の実演芸術です。逆に、西洋音楽や現代演劇は、移入されてから100年以上が経過しています。かつて大陸文化の受容の歴史の中で「日本化」が進んだように、日本的な受容や定着の仕方といった特徴がないわけではありません。我が国では、異なる継承の歴史をもった多様な実演芸術が、それぞれに様式を守りながら分化して発展してきたので、百花繚乱ともいえるほど多様多彩ですが、様式や上演形式の違いを味わいつつも、実演芸術としての共通点を忘れてはなりません。どんな実演芸術であれ、歴史性と同時代性、普遍性と独自性を併せ持っているのです。
お稽古ごととして普及した芸能、アマチュアの演奏会が盛ん
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日本の実演芸術のもうひとつの特徴は、江戸時代以来、お稽古ごととして庶民がさまざまな芸能をたしなんできたということにあります。もともと地域の祭りなどを通じて、民俗芸能が継承される素地があったところに、専門的な実演家から習うという文化も広がっていきました。能楽は武士の式楽として守護された時代が続いていましたが、明治時代以降は、そのような後ろ盾を失い、能楽師たちは謡曲や仕舞、鼓や笛などを教養としてたしなむ一般の人々に教えながら能を継承してきました。歌舞伎や演芸の多くは、芝居、寄席といった場所で演じられ、歌舞伎役者、落語家などのプロフェッショナルな実演家の芸を庶民が楽しむ興行の仕組みが確立してきましたが、歌舞伎から派生した日本舞踊や長唄、常磐津節、清元節などの邦楽は、観客・聴衆として楽しむだけでなく、それぞれを独立した芸能として習う人々がいて、お稽古事としても浸透してきました。
お稽古事文化は、西洋音楽やダンス、バレエなどにも及んでいます。教えることを専門とする音楽家や舞踊家は、全国的に分散しています。音楽を自ら演奏して楽しむ人たちは大変多く、アマチュア・オーケストラは、把握できているだけでも140以上が存在しますし、吹奏楽団は14,000以上あり、合唱とともに全国的に盛んです。
こうした集団による演奏会、コンクール、お稽古事のおさらい会などが、各地で頻繁に開催されていて、全国に2000近くあるという公立文化施設のホールの主な利用者となっています。演劇については、公立文化施設はアマチュアのグループが利用するには大きすぎる場合が多く、民間の小スペースを借りて行われる公演も多いですが、プロとして出演者や従事するスタッフ全員が報酬を得られる公演と出演者等が自己負担をしながら行われている公演が混在していて、プロとアマチュアの境界が曖昧といわれており、やはりアマチュアグループが多数存在することが特徴としてあげられます。