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文化経済学会研究大会で、「芸術家のための互助の仕組み」について報告しました(レポート)

芸団協

2024年7月31日

2024年7月14日に、愛知芸術文化センターで開催された文化経済学会<日本>2024研究大会において、芸団協企画セッション「日本の芸術家のためのセーフティネット構築について考える」を実施しました。

 

冒頭、大和滋・芸団協参与より、日本芸術文化振興会と文化芸術推進フォーラム(事務局:芸団協)が2021年2023年に実施した2つのアンケート調査の結果を中心に、コロナ禍が芸術家に与えた影響と、政府が実施したコロナ対策の課題について発表しました。

 

次に、秋野有紀・早稲田大学教授より、2022年度に芸団協「芸術家の社会保障等に関する研究会」が実施したドイツ、フランス、韓国の調査研究を中心に発表がありました。発表では、主に以下のような指摘がありました。

  • 国際的に、フリーランスの芸術家の議論は、経済的に自立的か、従属的かに、さらに分類される。経済的従属性が高い(自立的ではない)タイプの芸術家とは、自主的活動よりも依頼される芸術的仕事が多い者を指す。会社員(被用者/雇用されており、雇用主に対する経済的従属性が高い人)に比べ、その層への社会保障が不十分であるという問題意識があった。当初は、従属的フリーランスの芸術家と被用者との制度の乖離を埋めるために、芸術家の労働者性を問うことで、社会保障制度を適用するアプローチが採られた。しかしいくつかの国で加速した制度化の議論を背景とした1980年のUNESCO「芸術家の地位に関する勧告」を契機に、「芸術家」自体を生業として認定し、働き方の特性を踏まえつつ、十分な社会保障の享受をはじめとする「芸術家の地位」の確立が、模索されることとなった。
  • その際、独仏は新規の芸術家固有の制度を創設したわけでなく、芸術家の働き方に配慮しつつ既存の制度に包摂する手法を採り、さらに仕事の依頼主が会社員とは異なり複数であることから、業界全体が個人の社会保障負担を軽減するアプローチを採用されている(さらに全ての芸術家に依頼主がいるわけではないため、国庫補助が3ヶ国では存在するが、それは、社会全体に対する芸術家の貢献を認識していることの表現であると理解されている)。
  • 対象範囲の芸術家を、誰が、どのように認定するかは厳密にその国の芸術家の生態系を反映して設計すべき課題であり、独仏韓では、有償契約の締結及び芸術収入、あるいは文化芸術活動の実績を資格要件としてきた。やみくもに対象を広げるパターナリスティックな姿勢を回避することで、制度的信頼性確保が試みられている。
  • 芸術家個人任せにせず、業界と国も互助に含む発想の背景には、他の職種よりも突出して高い芸術的・経済的付加価値を生み出すものの、会社員を主な念頭に置いた制度設計では、構造的に包摂されにくい傾向にあるクリエイティブ・コアに対し、適正に「富」を還元する考えがある。これに関しては、日本の場合は、社会保障を底上げするための互助的財源の拠出を、関係業界や本人に求めようにも、「払えない」状況もありえる。これを改善するためには、補助金事業には芸術文化従事者への最低報酬水準の適用を促すことで、経済的自立をサポートするなどの全体的な稼得能力の底上げも両輪で検討することが不可欠である
なお、
  • 被用者との社会保障制度の乖離の問題は文化業界に限らず、ギグワーカー、フリーランスなどの雇用によらない働き方をする人が増える時代にあって、国際的にも課題意識が高まり、日本も例外ではない。


最後に榧野睦子・芸団協著作隣接権総合研究所研究室長より、芸団協が「芸術家のための互助の仕組み」の構築に係る中間提言を行った背景及びその内容について説明しました。

 


その後、河島伸子・同志社大学教授の進行によるラウンドテーブルに移りました。

最初に小林瑠音・芸術文化観光専門職大学講師より、河島教授が日本側プロジェクト・リーダーを務める日英共同研究事業「持続可能な文化の未来:COVID-19と文化政策のリセット」(日本学術振興会、英国リサーチ・イノベーション機構)を中心に発表がありました。発表では、主に、以下のような指摘がありました。

  • 英国では、芸術領域の労働環境改善に向けた議論において、最低生活保障のスキームを芸術領域へ応用する方向性が計られる
  • 英国の調査結果では、コロナ禍で活躍した職能団体やキャンペーン団体によるロビー活動の継続に加えて、「ポリシーラボ」の応用や、芸術系議員連盟との連携強化などが提示されており、それらを通じた政策立案過程への芸術家の参画が重視されている
  • 日本のインタビュー調査では、職能団体、統括団体の組織力強化を求める声が多くあげられた。全方位的、ジャンル横断型で包括的な支援を行うアーツカウンシルと、より個別具体的な職能団体・統括団体との連携が重要ではないか
  • 日本の職能団体においては会員の高齢化が深刻。若い人に職能団体に入るインセンティブをどう作っていくか。例えば、海外のように芸術家証明制度の母体となり、証明を受けた人には、公立劇場等の入場料割引や医療費の一部の経費化など、何らかのメリットを提供するなど。また、文化庁による基盤整備事業の拡充も必要ではないか


その後の登壇者による議論では、文化労働が低賃金・重労働であっても供給過多なのは、仕事から喜び、自己表現といったサイキック・インカム(心理的収入)が得られるから、という説明がされてきたが、コロナ禍という未曽有の事態を経て、サイキック・インカムにどこまで頼って良いのか、文化経済学の今後の在り方が問われているのではないか、という意見や、ユネスコ「芸術家の地位に関する勧告」の「芸術家の地位」とは、収入の多寡を問わず、芸術家を「職業」として認めるということであり、その前提に立って、各国では芸術家の働き方の特性を踏まえた社会保障制度がつくられてきたのではないか、という意見などが出されました。

 

セッションには多くの人が参加し、終了後にも個別に質問がされるなど、関心の高さがうかがえました。





【発表資料】
・大和発表資料 「コロナ禍で明らかになった芸術家の活動基盤の脆弱性政府コロナ対策の課題」
・榧野発表資料 「日本における『芸術家のための互助の仕組み』づくりの提案~アンケート結果と日本の制度から考える~」