2017.10.07
地域に入り、地域で学ぶことで見つかる「芸術文化」の新たな視点とは《アーツマネジメント研修派遣 研修者修了報告会(8/29)レポート》
「沖縄の芸術文化活動を継続していくためにできることは」
沖縄県が主催し、公益社団法人「日本芸能実演家団体協議会」が事務局を務める「沖縄県アーツマネージャー育成事業」は、2013年から5年計画で県内の人材育成プログラムです。なかでも2014年から行っている「研修派遣」は、県内外の劇場などで、制作から広報、マネジメントといったOJT研修を行うことで、現場でしか得られない知見を広げる役割を果たしてきました。
今回は「2016年度研修者修了報告会」として、「KAAT神奈川芸術劇場」で研修を行なった砂川政秀さんと「三陸国際芸術祭事務局」で研修を行なった犬塚拓一郎さんから、研修で得た学びや自身の芸術文化活動への生かし方などを話してもらいました。
※報告会の後段には、「地域コミュニティと芸術~場づくりを支える」
「ローカルからグローバル」「点から円」そして「次世代」へ。地域プロジェクトの実践者たちの言葉から、アーツマネジメントの「つなぐ」役割を再考する
沖縄生まれ沖縄育ちの琉球舞踊家が、「沖縄」から離れた経緯
「我が家は琉球舞踊の家柄で、幼少の頃から沖縄芸能に関わってきました。その中で、お家の公演をどうしたら面白くできるか。自分らしい制作を目指すために研修プログラムに参加しました」
琉球舞踊の師範である母の元で稽古を積んできた砂川さんは、那覇市から住所を移したことがなく、仕事で関わる方も9割が沖縄県民。まず、県外の環境に慣れるために、芸団協の花伝舎で1週間研修を行ないました。
「芸団協が取り組んでいる事業に同席させてもらい、多くの情報に触れ、頭の中がパンクしました。しかしその経験があったから、研修期間中も内容を整理し、自分なりに考察ができたと思います」
砂川さんが研修を行ったのは、KAAT神奈川芸術劇場を運営する公益財団法人神奈川芸術文化財団。県民ホールや県立音楽堂も管理しているため、それぞれの施設の名称、役割、連携の取り方などを把握するだけでも時間がかかったといいます。
「研修では、先輩の制作者に密着し、演劇やダンス公演、ワークショップ業務などで出演者の見学や発券の対応を行なってきました。とくに、KAATの新作公演『ルーツ』では、出演者のID管理やスケジュール管理といった初歩的な制作の仕事から経験を積みました。」
『ルーツ』の公演中、出演者の1人がインフルエンザにかかり、2日間公演を中止するアクシデントに見舞われました。砂川さんはそこで代々受け継がれてきている沖縄芸能と、新作の公演の違いを感じました。
「琉球舞踊は、今まで継続して行われてきた公演のため、過去に出演した演者が代役を務めることがあります。しかし、『ルーツ』のような新作公演は演者の替えが効きません。制作関係者が集まり、中止か、再演かと議論していく過程を見て、みんなが親身になって作品を作る姿に感銘を覚えました」
研修をきっかけに、「沖縄」と「川崎市」とのつながりを創出する
砂川さんは、研修期間を通して複数の公演に携ったことで、これまでとは異なる環境で、制作者としての経験を少しずつ積むことができました。
「私が学んだのは、制作が小さな作業の積み重ねであること。そして、制作者はとにかく動き回ることが重要だと気づきました」
研修終了後に開催した第30回目のお家公演「琉球舞踊穂花会・宮古舞踊んまてぃだの会」では、今まで着手できなかった広報宣伝をさっそく強化して売上の増加につなげたといいます。さらに、次回作の公演のお知らせや公演のアーカイブにも注力しました。
研修をきっかけに、砂川さんは神奈川文化財団の「マグカル展開事業」を個人で受託し、沖縄と神奈川との連携を強化する取り組みをはじめました。
「神奈川県内(横浜を除く)の文化資源を発掘して、空間や場所、発掘された文化資源をマッチングさせ、コーディネートしていく事業を行なっています。実は、川崎市には県指定無形民俗文化財として沖縄芸能が登録されているんです」
川崎市にある沖縄県人会と沖縄とのつながりを今一度深めることができないか。芸能を起点にした地域間交流の実現に向けた砂川さんの挑戦は始まったばかりです。
「震災後の岩手県に、新たなコミュニティダンスを作る」街に住む人たちが、音楽をツールとして楽しめるために
「沖縄市のコザ地区にある『まちづくりNPO コザまち社中』で、5年ほど事務局をさせてもらいました。その中で、2012年と2013年にJCDNの佐東さんたちと共にコミュニティダンスを企画したことが、研修に参加するきっかけとなりました」
コミュニティダンスとは、年齢、性別、ジェンダー、国籍、障害のあるなしに関わらず、地域や教育現場などで行う創造的な活動のこと。2012年と2013年に犬塚さんがコザ地区で開催したコミュニティダンスには、70〜80名が集まり、より地域性に近づいた芸能を実現したといいます。
犬塚さんは昨年、三陸国際芸術祭でコミュニティダンスの音楽を担当し、今回の研修でフェスティバル期間外に現地に滞在することで、より地域に根差した活動を行うことを目標としてきました。
2011年の東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県大船渡市では、2014年より三陸国際芸術祭のプログラムが開かれています。大船渡にある酒蔵を活用したイベントスペースで、犬塚さんは「いぬがくだん」という音楽隊の一員として、コミュニティダンスを行ないました。
「団体の参加者には、地域で働く紳士服店の店主や夏祭りの的屋などさまざまな面々がいました。でも、こうした演奏の技術や経験のない地域の人にコミュニティダンスに参加してもらうことにこそ意味がありました」
地域に根付いていく文化作りは、「定まらなさ」が鍵になる
犬塚さんは、コミュニティダンスのテーマとして「定まらなさ」を追求しています。プロの振付師が考えた踊りではなく、たとえば地域に住む普通の女性が自身の人生を踊りとして表現することで、場に凄みが生じるといいます。
「アーツマネジメントの枠として、私は大船渡に行きましたが、あえてその場をコントロールしない、はっきりしないことを大事にしました。なぜなら、一度きりで終わるのではなく、100年後も続くようなコミュニティダンスを考えているからです。たとえ自分が死んだとしても、地域に根付く文化となれば、そこにコントロールの必要はありません。
マネジメントとは、反対にこうした定まらなさを削ぎ落としていくもの。研修を経て、誰かが中心にいない、しっかりしたものがない状況を維持していくマネジメントを強く意識しました」
研修を終え、沖縄市のコザに戻った犬塚さんは、2014年に終了した「キジムナーフェスタ」を復活させようと、クラウドファンディングを始めます。
「震災の傷のなか、暖かさと寂しさを内包する地域で研修することで、コミュニティを育むためには弱さという観点も必要だと感じました。いろんな矛盾や葛藤の中で、新しいイベントやフェスタが見えてくるのではないか。これからも経験や年齢にとらわれない、定まらなさをテーマに取り組んでいきたいと思います」
「KAAT神奈川芸術劇場で働く制作者のもとで学ぶことで、自分自身が目指したい姿が見えてきました」
発表会終了後の「半年間の研修を通して、変わった点はあるか」という質問に砂川さんはそう答えました。
沖縄では海に囲まれた土地柄であり、芸術文化に関わるパイが少ないため、自分なりに試行錯誤し、技術を深めていく必要があります。そのため、気づかないうちに閉鎖的な考え方に陥りやすく、文化の広がりの妨げになっています。
研修をきっかけに外の世界を見に行くことで、自身のスキルアップや思考の裏付けが得られること、そして新たな視点で沖縄の文化に寄与することにつながっていくと気づく時間でした。
(取材・撮影、文: 水澤陽介)
事務局から
アーツマネジメント講座2017では、10月17日に講座12「視覚障害、聴覚障害を持つお客様を劇場に迎えるために」(国立劇場おきなわ 小劇場)をテーマにした、劇場での実践講座を開催します。
講座12には、ろう者の劇団で俳優・制作として15年以上活動し、現在障がいを持つ方も楽しめる演劇の制作、ワークショップなどを行う廣川麻子さんと、1990年からシンガーソングライターとして活動し、2007年には夫と共に劇団を設立。俳優や演出家、バリアフリーアドバイザーなどとして活躍する美月めぐみさんをゲストにお招きします。
ぜひ、お申し込みのうえ、ご参加ください。
アーツマネジメント講座2017 講座11「制作現場の安全管理」(10/5)/講座12「視覚障害、聴覚障害を持つお客様を劇場に迎えるために」(10/17) 開催!