2017.08.01
「契約とは、お互いにウィン・ウィンの着地点を見つけていくもの」しっかりした契約がビジネスの円滑化を助ける《アーツマネジメント講座2017 講座8(7/12)レポート》
「沖縄のこれから支える文化産業をつくるために」
沖縄にある文化芸術資源を活用して、新たな産業を生み出すための可能性を共に探る「アーツマネジメント講座」。
前回は、会計をテーマに「会計を通して、経営者の意思決定を助ける」「団体の資産としてヒトに投資する」「助成金は、損益分岐を“線”で捉える」などを考えました。
今回のテーマは、「公演制作にあたって知っておきたい、契約と著作権の基礎知識」。
アーティストのマネジメントや音楽ビジネスの契約のアドバイス・作成などのコンサルティングを行う一方、現在は東洋大学法学部でも教鞭をとる安藤和宏さんをゲストにお招きして、「ビジネスを円滑に進めるための契約」「交渉経過や契約内容を可視化する方法」などについてお話してもらいました。
「契約交渉とは、お互いがウィン・ウィンな着地点を見つけること」契約の交渉に際して注意したいこと
「契約とは『当事者の自由な意思によって取り決められたこと』です。私たちは、日頃からコンビニで買い物したり、電車に乗ったりするとき、いちいち契約書を書いて、取り決めはしませんよね。でも、取引の度に契約は成立していて、債権・債務が発生しているんです」
芸術文化の領域では、コンサート出演や著作権の使用許諾といった交渉に際して、契約書を交わさず、口約束で行うことが少なくありません。しかし、お互いにトラブルをなくし、仕事を円滑に進めるためにも、「できるだけ契約書を締結した方が良い」と安藤さんは言います。
「契約交渉は、仕事において、互いに歩み寄り、ウィン・ウィンな着地点を見つけていくこと。そのため、契約書の内容は当事者双方の理解と合意が求められます。仮に自分が理解できていない条項を入れると、相手から信頼を失うことにもつながります」
お互いが気持ちよく仕事に取り組めるよう、認識のズレがないように合意内容を明確にするという役割が契約書にはあるのです。
契約書に対する心理的ハードルを下げる「電子メール」と「ディール・メモ」の活用方法
私たちは「契約書」と聞くとそれだけで警戒してしまい、二の足を踏んでしまうことがあります。そういう場合には、合意内容を証明する手段として、電子メールが活用できるといいます。
「私が、1989年に音楽出版社に入社した当時は、ファックスしかありませんでした。今は、電子メールなどで気軽にやりとりができますね。それを利用して、契約条件を箇条書きした電子メールを送り、相手からの同意を得られれば、それが契約の証拠になるのです」
さらに、契約書の要点を簡潔にまとめた「ディール・メモ」も契約を証明するときに有効とのこと。ディール・メモとは、契約の基本情報を紙一枚程度(Word等の電子ファイルも含む)にまとめたものです。
例えば、公演を企画した場合、「出演者」「報酬(出演料)」「日時・場所(会場)」「公演時間」「あご(食事代)・あし(交通費)・まくら(宿泊費)」を箇条書きで記していきます。契約書を作るとき、ディール・メモがその土台にもなるといいます。
契約では、当事者の希望をどのように反映していくのか。そのためには、自分と相手との関係を的確に見極める必要があるといいます。
「相手との関係によっては、交渉を有利に運ぶことができます。公演の出演料が倍以上になることもあれば、遠方の仕事の場合は『あご・あし・まくら』(食事代・交通費・宿泊費)を出演料とは別に付けてもらうことも。契約を結ぶ前に、『相手とどのような関係にあるのか』を確認することが大切です」
契約書は締結して終わりではありません。内容ごとにファイリングして整理することで、同じような契約書の作成依頼がきたときに参考になるため、時間の短縮につながるなど、きちんと管理することで団体の財産になります。
日常の延長線上で起きうるトラブルを未然に防ぐ、6つのポイントとは
講義の中盤は、配布された「コンサート出演契約書」の雛形を活用して、アーティストに出演を依頼するにあたっての具体的な取り決めのポイントを解説しました。
○出演料・経費
コンサート出演には、本番直前に行われる「リハーサル」もある。「本番」の出演料のなかに「リハーサル代を含むものとする」と記載すると、あとでトラブルにならない。さらに、当日の衣装代やバックアーティストの楽器使用料、運搬・メンテナンスなど、どちらが負担するかしっかり明記する。
○健康管理
ツアーコンサートは、メインアーティストもバックミュージシャンも変更が難しいため、「本件コンサート中の健康管理について、十分に注意するものとします」と契約書に記載する。万が一、本人の不注意で事故を起こすと、債務不履行となり、損害賠償請求することができる。
○肖像権
アーティストは、私たちと同様に「肖像権」を持ち、さらに本人の氏名や肖像などを無断使用してビジネスを行うことを禁じることができる「パブリシティ権」を有する。そのため、コンサートのパンフレット、チラシ、ポスター等に出演者の氏名・肖像を掲載する場合には、その旨を記載すること。
○映像・音源の二次利用
公演の模様を撮影して、DVD販売やインターネット上で配信するとき、映像・音源を二次利用する旨を記載する。バックミュージシャンについては、出演料に上乗せした金額を提示することで対応できる。
※スマートフォンが普及して、公演中の録音・録画を規制することは難しい。その状況を逆手にとり、安藤さんがマネジメントを行うミュージシャン「スネオヘアー」は、コンサート中に撮影やSNSに投稿できる時間を設けて、公演の告知に活用している例もある。
○不可抗力
沖縄では台風が多いが、そうした自然災害など(天災地変、火災、ストライキ、戦争、内乱、その他不可抗力)に関する事項でコンサートを中止になった場合、お互いに責任を負わない旨を記載する。
「事前に合意を取ることで、ハッピーな関係を結べる」公演に直接関わらない人まで著作権を確認する意義とは
日本と海外では、契約に関する法律が異なります。例えば、アメリカでは、著作権の譲渡について、書面での契約が求められます。一方で、日本でのエンターテイメント産業における契約は、著作権の譲渡を含め、口頭契約が認められているといいます。
「演劇の上演に際しては、さまざまな関係者から権利の許諾を得る必要があります。劇作家・脚本家が持つ上演権の許諾だけではなく、舞台美術家が持つ複製権や翻案権、振付師が持つ上演権など、ケースに応じて、事前に許諾を得ることが大切です。
公演には、多くの関係者が関わっており、裏方のスタッフを含めて、きちんと著作権の使用許諾を得ること、そのことに手間を惜しんではいけないのです」
昨今、インターネットの発展により、舞台公演の映像をネット配信するなど、著作権者に事前に許諾を得ずに利用してしまい、当事者間で揉める例が増えているといいます。
「すべての関係者に対して、一から準備して、契約書を結びなさいとはいいません。その代わりに、電子メールやディール・メモ、ICレコーダーといった簡単に合意内容を確認するツールがあるので、当事者間のコミュニケーションを確認するものとして活用してみてください」
ビジネスにおける取引に際して、契約を可視化することで、見えない不安を和らげるような特効薬なのだと、安藤さんの凜とした表情から伺えました。
編集記 日本と海外、契約の特色を現場から捉えてみる
「外国の音楽を使った舞台を制作しているが、JASRACと他国との権利主張はどうなるのか」という質問が挙がりました。
「国ごとに音楽著作権を管理する団体があり、管理方法も異なります。それが音楽著作権の正確な理解を妨げている要因でもあります。
例えば、JASRACは2014年4月1日に著作権信託契約約款を改正し、演劇のテーマ音楽や背景音楽について、音楽を依頼した公演の製作者または主催者が使用する場合、上演における著作権使用料の免除を受けられるようになりました。
しかし、外国の作家に依頼した楽曲が使用料免除を受けられるかどうかは、ケース・バイ・ケースでしょう。必ず、外国の作家を通して、作家が所属する海外の著作権団体に確認する必要があります」
国内・国外を問わず、公演には出演者から制作まで多くの方が関わっており、お互いの信頼を背景に契約が成立します。
沖縄でも、「やりがい搾取」という、報酬の代わりにやりがいを代価とする形態が問題視されています。まずは、業務内容を文字に起こしてみて、お互いの認識に食い違いがないか。契約という、日常でありふれた行為を今一度見直してもいいかもしれません。
(取材・撮影、文: 水澤陽介)
事務局から
8月29日に「アーツマネジメント研修派遣修了者報告会」、特別講座トークセッション「地域コミュニティと芸術~場づくりを支える」を沖縄市民会館中ホールで開催します。
昨年度、KAAT神奈川芸術劇場、三陸国際芸術祭事務局でそれぞれ研修を行った2名の研修者が、研修と現在の活動について報告します。特別講座トークセッションでは、全国でダンスと社会をつなぐ活動をしている一方、三陸国際芸術祭のプロデューサーでもある佐東範一さん、足立区(東京都)でアートでコミュニティをつなぐ活動を展開している吉田武司さんをゲストに、沖縄市の取組みについてもうかがいます。ぜひ、お申し込みの上、ご来場ください。