2017.07.21
従来の殺陣文化をくつがえす演技と「子ども・女性に開かれたアクション」を育んだ道場経営のかたちとは《アーツマネジメント講座2017 講座5(7/3)レポート》
「沖縄の地域文化に、持続性を持たせるためにできることは」
沖縄にある固有の文化をこれからを担う世代に伝えるために、講師と受講生が今を捉えていく「アーツマネジント講座」
第4回目の講義は、受講生それぞれが持ち寄った制作物を解説しながら、「誰に伝えたいかを絞る」「言いたいことはひとつに」といったテーマを一緒に考えました。
今回のテーマは、「道場の経営戦略― 実演家から見たマネジメントの重要性」。アクションの指導などを行う「ガイズエンタティメント」の高瀬将嗣さんに、道場経営で培った「相手との信頼性を築く」「常識にとらわれない経営方針」などを話してもらいました。
「殺陣は、アクションであって武術ではない」生徒が長く続けてもらうための安全補償とケア
「殺陣師(たてし)とは、映画やテレビ、舞台といった芸能における物語の中で、格闘の振り付けや演出を行う人たちのことを言います」
武道や格闘技から派生したように見られる殺陣ですが、あくまでも演技であり、競技とは別のジャンルだそうです。「そもそも、私は痛いのが嫌いですから。痛いのを我慢してまで殺陣師をやろうと思いません」と笑いながら語ります。
さらに、高瀬道場に入門する際、生徒たちは必ず保険に入ってもらうといいます。
「生徒さんにとって保険自体は出費になりますが、絶対条件です。万が一何かあったとき、安全のケアと補償は金銭的なものでしか対処できません。もちろん、道場側でも包括保険に加入、2重で担保されることで生徒も安心してレッスンが受けられるのです」
常識にとらわれない! 「児童部」と「シネマアクション(女性限定)」の開設
高瀬道場の前身は、1959年に日活が映画会社として初めて俳優のアクション・トレーニングセンターとして設立した「日活俳優クラブ・技斗部」でした。
「父は、日活がアクション路線の映画制作を行うに当たり、社内に技斗部(現代劇でアクション演技を行う集団)を作るよう働きかけました。なぜなら、どれだけ本人にアクションの才能があっても、自己研鑽できる場がなければ技術を維持することが難しいからです」
しかし、1971年に映画制作の大手「大映株式会社」が倒産し、日活も一般の映画制作から撤退、日本映画は転換期を迎えました。そこで、高瀬さんの父・將敏さんは殺陣師として後世の育成を行うために「高瀬道場」を設立することに(1971年)。しかし、都心から1時間ほど離れた府中市で、自宅を改装してつくられた道場は、交通の便の悪さが考慮されておらず、3年間ほとんど生徒はいなかったといいます。
大学卒業を迎えた1978年 、將敏さんが倒れ、高瀬さんは思いも寄らず高瀬道場を継ぐことに。將敏さんのネームバリューで集まってきた生徒さんも、無名の長男が継承した不安から道場を離れ、運営は正念場を迎えます。1993年には、道場を建て替えましたが、建築基準法の関係上、道場のキャパシティは60畳から40畳に縮小。そこで、女性用の更衣室やシャワー室を整えるなど、経営方針を転換しました。
「今まで、道場の生徒さんは殺陣師を目指す男性に限定してきました。しかし、道場の経営難や妻のアドバイスもあり、2001年に一般の方にも道場を開放、児童部やシネマアクション(女性限定)のレッスンを始めました。
現在、生徒さんは女性のほうが多くなり、大手プロダクションからも女優さんの殺陣指導オファーを多数いただいています」
「答えは、内側ではなく、外側にある」なにげない生徒の一言から生まれたリアリティ、海外文化に応えて進化するアクション
高瀬さんは、予期せず父から道場経営を継いだ当初、殺陣師としてどのように指導すればいいのか悩んでいました。スポーツの指導書を参考にするなど暗中模索する中で、とある生徒の意見が転機になったといいます。
「道場でワークショップを行なったところ、生徒さんの一人から『先生は殺陣や技斗で、実際に攻撃を相手に当ててはダメ、と教えてますね?』と質問されました。『危険だからね』と答えると、『安全だったら当ててもいいのですか?』と言われて、ハッとしたことを覚えています」
安全の裏付けがあれば、顔は別にしても身体への直接打撃は迫力が増し、リアリティのある演技につながります。それを一般公募の新人が多数出演した映画「ビー・バップ・ハイスクール」で実践したところ、意外にも高評価だったこともあって道場にも生徒さんが増えていきました。
殺陣の海外普及の一環として、2000年にタイで開催した国際交流基金の後援によるパフォーマンスは、殺陣の演技が海外の方にも喜んでもらえる手応えを感じるきっかけになったといいます。
「海外公演を行なった当初は、殺陣の動きをなかなか理解してもらえず、“ニンジャ”のような激しい演技を求められました。そのニーズに応える形で、演出をあえて過剰に、魅せる演技を心がけた結果、現地の方にも喜んでもらえるようになりました」
そういった経験もあり、高瀬道場の師範がハリウッド映画「ラスト・サムライ」でアクション指導を請け負うなど、海外からの仕事を受注できるようになったと話します。
「これからは、先生も生徒も対等の関係性」相手に信頼してもらうための考え方とは
一昔前の「技術を盗め」といったような師弟関係とは異なり、近年、道場に通う生徒さんは「レッスンの時間を買っているのだから、時間内で分かりやすく教えるのが指導者の義務」と考える人が増えたそうです。その中で、相手と信頼関係を醸成するための入り口は「挨拶」と「礼儀」だといいます。
「例えば、はじめて会った人に対して『おはようございます』『こんちには』と挨拶することは、相手に自分を認識してもらう最初のサインだと思います。
特に、殺陣やアクションは相手がいないと成立しない演技ですから、うまく攻守、アクションとリアクションが連携していなければなりません。お互いの信頼関係がないと、鑑賞に堪えない単なる危険で拙い殴りあい、斬り合いの演技になってしまうんですね」
さらに高瀬さんは、女性が殺陣を行うときに、所作が綺麗に見えたほうが本人のやる気にもつながるだろうと、女性用の稽古着のリニューアルを行なったといいます。
「道着を白、袴を紫という素敵でオシャレな色味にして、動きが楽な軽い生地を選び、自宅でも洗濯が可能な素材に改善、それが人気となって入門希望者の増加につながりました。
今では道場に多くの生徒さんが通うようになりましたが、なによりも生徒さんが快適に過ごせる空間づくりを演出し、レッスンが楽しみになる環境づくりを一番に考えています」
編集記 沖縄の伝統文化を、労働環境の観点で醸成させていく
印象的だったのは、「道場経営において、生徒たちの労災はどのように扱ったらいのか」という安全管理に関する質問が挙がったときでした。
「私は現在、高瀬道場の代表を辞して、タレントを含む実演家の補償問題に取り組んでおり、厚生労働省とも交渉してスタントやアクション、殺陣師など危険を避けられない実演家も、労災保険の対象となる労働者として認めてもらえるように働きかけています。
組織を率いているスタントマンやアクションプレイヤー、殺陣師などは経営者なので労働者扱いされず労災が適用されませんが、自費負担の特別加入制度を活用することができますので(一般の労災は自費負担ゼロ)、該当する人たちへの啓蒙活動を進め、安心できる現場の条件を整えることにつとめていければと思っています」
※労災保険については、芸団協で行ったセミナーをもとに作成した小冊子「知って得する労災保険のキホン」をご用意していますので、以下をご参照ください。
沖縄では、著名な方を多く輩出しているように、音楽やダンスに勤しむ子たちも多いです。そして、次の新たな担い手を生み出すための受け皿として、さまざまなスクールが開かれています。
そういったスクールで教える講師の労災や、生徒たちの保険などのように、芸術に携わる人を制度の観点からサポートすることにも、これからの文化を醸成するためのヒントがある。新たな視点を見つけられた、貴重な2時間でした。
著書紹介
2016年に、高瀬さんが映画監督を務めた「昭和最強高校伝 國士参上!!」。公開までの軌跡、高瀬さんが歩まれてきた半生をまとめた著書「技斗番長活劇戦記 〜実録日本アクション闘争記」についても、講座内でお話がありました。
今まで、殺陣師を続けてきたなかでの苦労や、高瀬道場を経営してきた視点など、当講座でお話ししきれなかった内容がまとめられた一冊です。
事務局から
次回は、「りっかりっか*フェスタ2017」のタイアップ企画として、各国の文化を生かした都市の取り組みや沖縄県内の子どもの芸術体験を考えていきます。場所は、那覇市IT創造館にて開催いたしますので、お申し込みのうえ、ご参加ください。
6月1日~7月28日「アーツマネジメント講座2017」開講!(申込み随時受付中)