2015.10.29
アーツマネジメント連続講座 講座⑨『公演の安全管理-劇場と技術』7月7日レポート
講座9は、新国立劇場の伊藤久幸さん(舞台技術)、さいたま芸術劇場の岩品武顕さん(照明)、びわ湖ホールの押谷征仁さん(音響)の3人を講師に迎え、舞台技術の基礎と、劇場・公演における安全管理について学びました。この回は、国立劇場おきなわご協力のもと、劇場空間をフル活用した講座となりました。
新国立劇場 |
さいたま芸術劇場 |
びわ湖ホール |
講座の前半は、安全管理を行う上で基本となる舞台技術の基礎的な知識について、伊藤久幸さん(新国立劇場 技術部長)による解説。
背景(ホリゾント幕や書割など)や紗幕、舞台照明などの「吊りもの」と呼ばれる舞台装置、基本的な舞台機構の、安全管理も含めた基礎知識について、スライド資料や映像を見ながら学習しました。
吊りものの設置は、舞台技術者の責任において行われる作業ですが、破断荷重や安全率といった安全基準に関する知識を舞台に携わるあらゆる人が共有することはとても重要です。
つづいて、音響については、びわ湖ホール舞台技術部課長の押谷征仁さんが解説。
音響には、「建築音響」と「電気音響」の2種類があるという前提から、劇場・音楽堂等におけるスピーカーの役割とその構造、マイクの種類による音の違いなど、実際にマイクを使ったデモンストレーションを交えながら、わかりやすくご説明くださいました。
また、左右のスピーカーに位相のズレが生じるとどんな聞こえ方になるのか、大劇場の客席内を右左に移動しながら自分の耳で体感しました。場所によってまったく聞こえ方が変わる様子に受講者も驚き、観客に効果的に音を伝えるための音響の基本的な役割を実感しました。
さらに、受講者ひとりずつ音響オペレーターの体験をしました。2つのグループに分かれ、一方のグループはステージ上のマイクに向かって一人ずつ自己紹介を行い、もう一方のグループがその音声を聞きながら音響卓を操作してマイクレベルを調節します。
音響卓の操作は、国立劇場スタッフの方がひとりずつに丁寧に指導してくださいました。
操作を体験しながら、機材についてや操作上の注意点、現場での事例など、受講者からも質問がたくさん。フェーダーを上げ下げするだけに見えても、知識と感覚がなければ難しい作業です。
特に、公演などではリハーサル時に綿密な音響チェックが行われますが、講演会などリハーサルなしで行う現場では、登壇者の第一声を聞いて、瞬時にマイクレベルの調整を行わなくてはなりません。
わたしたちが客席で聞いている音は、プロフェッショナルの音響技術に支えられています。
実演芸術に携わる方でもなかなか触れる機会の少ない音響機材を体験する面白さに加えて、自己紹介ではこれまで席を並べてこの連続講座をともに受講してきた皆さんのバックグラウンドや意外な一面も垣間見え、貴重な時間になりました。
つづいては照明についてですが、舞台転換をしている様子も客席から見学。
伊藤さんの指示のもと、灯体が吊られたバトンが上げ下げされます。
こうした転換の場面では、どういった指示が出され、各パートのスタッフがどのように安全確保しながら作業を行っているか、という点に注目が集まりました。
照明については、さいたま芸術劇場の岩品武顕さんが担当。
まずは、ステージ上から客席まで、劇場空間に存在する様々な照明について、その名称や役割、構造などを解説していただきました。
その後は、受講者もステージに上がり、バトンに吊られた灯体にも実際に触れながら、それぞれの照明器具の特徴や、照明効果の違いを体験しました。
照明といっても実に様々な種類の灯体や効果があり、これらを複雑に組み合わせることで、演出家や照明デザイナー(プランナー)の意図する世界観が構築されています。
また、ステージ上での「暗転」も体験。舞台芸術では、この暗転のなかで、出演者の移動や舞台装置の転換が行わることが多くあります。周囲が見えない状況だからこそ、出演者・技術スタッフともに安全への最大限の配慮が必要です。
休憩を挟んで後半の初めは、前半で学んだ舞台機構、音響、照明が、実際の舞台において具体的にどのような効果をもたらすかを体感します。
国立劇場おきなわ組踊研修の第一期生であり、現在は若手を代表する組踊立方、琉球舞踊家のひとりとしてご活躍中の金城真次さんを迎え、実演とともにまずは客席から鑑賞しました。
金城さんが披露してくださったのは、「雑踊り」と呼ばれる琉球舞踊のひとつである『花風』という演目。
この講座は前日に劇場仕込みを行いましたが、この実演のために舞台公演さながらのリハーサルも行い、照明や音響のオペレーションプランを固めました。
伊藤さん、押谷さん、岩品さんは、事前に『花風』の資料や映像を調べ、今回のステージのイメージを膨らませてきたそうです。
リハーサル時には、金城さんの意向も伺いながら、今回の講座で舞台効果として受講者に見てもらいたかった紗幕やマシンスポットも活用し、琉球舞踊のイメージとは一味違った演出になりました。
『花風』でその効果を確認したあとは、劇場全体の安全管理について考えました。
2014年8月に新国立劇場で行われた「避難体験オペラコンサート」の記録VTRを見ながら、公演中に実際に災害・事故が発生した時に、各パートが、誰の、どのような指示のもと、どのように動くかを追体験しました。
このコンサートは、「新国立劇場・大劇場(最大1,814席)での公演中に、震度5の地震が1分間続き、次いで劇場内で火災も発生した」という設定のもと、実際にステージ上には歌手、客席には1,200名程の観客を入れた状態で、避難誘導、指示系統の訓練が行われました。
避難誘導では観客をすべて劇場外の待機場所へ移動させますが、1,000人を超える人々が限られた時間と経路で移動するのは、想定よりもはるかに大変なことでした。
誘導案内は拡声器で行われていましたが、人々が一斉に動く足音や話し声でかき消され、ほとんど指示は聞こえなかったそうです。
こうした課題は、実際に訓練を行わなければ見えてこなかったと言います。
また、こうした緊急事態発生時に、誰の責任において公演の中止を判断し、誰がそれを宣言するのかについては、これまでの講座1~8でも学んできた組織体制や指示系統、契約上の責任問題が重要であることが分かりました。
安全が第一であることは言うまでもありませんが、会場使用料や出演料の取り扱い、チケットの払い戻しなど、舞台面から公演中止を判断するのが舞台監督であっても、その責任の範疇を超えた膨大な事後補償が発生するのも事実です。
公演時の安全管理については、技術者だけでなく、制作者や、施設・団体の運営者も含め、公演に係わるすべてのに人たちのあいだで認識と情報を共有することが重要です。
こうした問題提起も含めて、あらためて芸術活動の実施体制について、考えるきっかけとなればと思います。
今回の講座では、「劇場等演出空間運用基準協議会(通称:基準協)」が発行しているテキスト「舞台技術の共通基礎」を使用しました。
伊藤さんも編纂に関わられており、舞台技術の基礎知識と、安全管理についてが非常に分かりやすくまとめらたテキストです。
ご参考までに。