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2015.06.24

アーツマネジメント連続講座 講座③『観客をつくり出す-広報・宣伝』5月26日レポート

講座③『観客をつくり出す―広報・宣伝』の2日目は、観世喜正さん(能楽師 観世流シテ方)にお越しいただきました。

DSC08793観世さんは、ご自身が能楽師として舞台に立たれる一方で、プロデューサーとしてもご活躍されています。
伝統と格式ある能楽の世界に生まれながら、10代のころから友人にご自分の公演や能楽の紹介をするのに「どうしたら興味をもってもらえるだろう?」という思いを持ち続けていたそうです。
そんな若かりし頃に抱いた思いを起点に、能楽に対するイメージを変えるような数々の新たな試みをなさっています。
今回は、チラシ等のビジュアルデザインも含めて、“伝統芸能の魅力”を“魅力的に発信する”ための様々なチャレンジについてお話しいただきました。

 DSC08800まず、能とは何か?そして能楽の一般的なイメージについて。

能の公演は歌舞伎などと異なり、数日間にわたり同じ演目を何度も上演すること(連続公演)はありません。
現在でも、定例公演のほとんどが一回のみの単発公演です。
しかし、一回の公演で三番、多いときには五番も上演されることもあり、かつては一日がかりで見るものでした。
能が“敷居が高い”というイメージがついたのは、内容の難しさだけではなく、上演時間の長さも大きな理由だったようです。

加えて、1980年代頃から、若い人たちの間で日本の伝統文化が敬遠される傾向が続いてきました。
これまでの能楽は、コアな一部のファンだけが支えてきた世界でもあったのです。

一方、1980年代後半から1990年代にかけて、薪能(たきぎのう)ブームが巻き起こりました。
多い時では年間200本もの薪能が行われていた時期もあったそうですが、野外でおこなう公演のため膨大な設備費用がかかること、加えて天候不順によるリスクも大きく、徐々にブームは下火になったそうです。

さらに、ごく一部の狂言役者を除いて世間一般的に知名度のある能楽師が少ないためか、能公演に足を運ぶ機会のない人たちからすると、歌舞伎などとの区別が付かないといった状況は現在もあります。

こうした当時の社会的な背景や能楽が置かれてきた環境が、観世さんのチャレンジの背景にもなっているそうです。

DSC08794後半は、「神遊(かみあそび)」を通じた、観世さんのチャレンジについて。

1997年、観世さんが27歳の時に、流儀を超えた若手能楽師5名によって「神遊」を立ち上げられました。
この「神遊」は、より多くの方が能楽に親しむ機会をつくるとともに、若手能楽師の研鑚の場として発足したそうです。
通常の定期公演ではできないことをするんだ!と、観客が全員 新規の観客である公演、つまりお弟子さんの来場に頼らない一般観客による満席を目指したそうです。 
矢来能楽堂で行われた旗揚げ公演は満席。しかし、思惑ははずれ、観客の半分は出演者のお弟子さんでした。

今までこれらのコアな観客に、いかに支えられていたのかを痛感する契機になったといいます。
そこから、従来の観客を大切にしつつ、さらにその周縁(従来の観客の家族や友人など)に新規観客を増やしていく方針に転換されたそうです。

そこで新たに始めた取組が、初心者向けの公演を常時用意すること
そして、能楽堂を飛び出して、企画公演や連続公演を行うこと
いずれも今では珍しいことではなくなりましたが、90年代後半ではとても先進的な取り組みでした。

また、屋外で行う薪能から発想を転換し、室内で行う蝋燭能(ろうそくのう)を実現。
消防の許可などクリアしなければならない点はたくさんあったそうですが、こちらも大変話題を呼びました。

DSC08798これらの新しい形の公演の実施に加えて観世さんが重要視したのは、公演情報を発信する重要な素材であるチラシやポスターの一新でした。

昨今の能楽のチラシでは、黒背景の写真を使用したデザインが多くみられます。これも、すべて「神遊」が最初にチャレンジしたことです。
それまで能楽のチラシの写真は、舞台写真を引き伸ばして使う程度。観世さんは、能楽界では初めて、プロのカメラマンによって広報用のスチール撮影を行い、プロのデザイナーによる洗練されたデザインのチラシ作りに取り組まれたのです。

ここで、戦前から戦後、そして「神遊」の登場以降まで、パンフレットやチラシなど、能公演における配布物の変遷を豊富なスライド資料で確認しました。「神遊」の登場がいかにセンセーショナルであったかは、チラシのデザインからも見て取ることができます。

また、「神遊」は能楽の世界におけるホームページ活用のパイオニアでもあります。
まだインターネットが現在ほどは浸透していなかった90年代後半から、プロのデザイナーを据えて見栄えのよいウェブサイトを公開していました。公演情報から演者プロフィール、ファンクラブ案内に至るまでたくさんの情報が掲載されています。

「神遊」だけでなく、ご自身が中心となって活動されている初心者向けの能公演「のうのう能」や体験の紹介サイト「かんぜこむ」や、「矢来能楽堂」のホームページも、情報豊かで見やすく楽しいデザインのサイト運営をされています。

 

観世さんのこうした取り組みの根底には、国内外を問わず、“能楽をいかにして普及させるか”という明確な目的があります。
公益社団法人能楽協会の理事のおひとりとして、協会の広報担当でもいらっしゃる観世さん。能楽界のスポークスマンとしてもチャレンジはまだまだ続くのではないでしょうか。
今ある状況に対して常に疑問をもちつづける、そうした精神は伝統芸能だけでなくどの分野にも通じるかもしれません。

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