2017.03.31
アーツマネジメント研修派遣 平成27年度研修修了者報告会(9月25日)レポート[基調講演:西川信廣氏]
2016年9月25日(日)、宜野座村がらまんホールにて、平成27年度のアーツマネジメント研修者による研修修了報告会を開催しました。
報告に先立ち、前半は、演出家・西川信廣さんによる『文化の力で人と人をつなぐ』と題した基調講演です。その内容を抜粋してレポートします。
■基調講演「文化の力で人と人をつなぐ」西川信廣(演出家・文学座所属)
文学座の事業改革
2017年に創立80周年を迎える文学座は、現在、俳優・演出家・制作を含む劇団員と、研究生をあわせ約260名を抱える大きな団体。しかし、創立60周年を迎えた1990年代後半には、大きな赤字が続き、劇団存続の危機があったという。劇団規模の拡大、看板俳優の逝去、舞台作品の創造環境の変化、観客行動の変化などの様々な要因と、より良い作品づくりのためにはお金をつかうという劇団の習慣などが重なり、経済的に困難な状況に陥った。そこから、劇団の抱える多くの人材の活用と、長年集団として培ってきた演劇の知を活用できないか、との発想から事業見直しの議論が始まった。
見直しのひとつとして着手したのが、ワークショップ事業の拡充。当時、ワークショップが盛んに行われるようになってきた時期でもあり、そうした社会的ニーズに、数十年演劇をやってきた劇団が応えなくてはいけない、という使命感もあった。
それが一方で、劇団内での人材育成にもなり、結果的には、養成所受験生の増加や新規観客の獲得にもつながった。現在では、中高年を対象にしたプラチナクラスも開設し、内容・期間も多彩に展開している。
劇団運営の改革としては、劇団の会員制度の見直しに挑んだ。当時の会員制度は、入会すればチケット料金が通常料金よりもお得になるというものだったが、それでは会員数が増えるほど、劇団の収入は減ることになる。また会員からは、文学座が大切にしてきた劇団員と会員とが直接ふれあう機会が少なくなった、という声が聞かれるようになっていた。
会員という強力なサポーターを大切にしながら、さらに劇団の創造環境をより良くするために、新しい形の会員組織をつくった。会員特典のニーズを図ったところ、「演出家と話がしたい」「創作現場に関わってみたい」「チケット料金が安価になるだけでなく、より劇団に深く関わることで満足度が欲しい」といった声が多かった。そこで、新しくできたパートナーズ倶楽部の会員には、劇団とより直接的に関わることができるサービスを付加している。
もうひとつの大きな取組は、地域の劇場との連携だ。現在、文学座は、長岡リリックホール(新潟県長岡市)、可児市文化創造センターala(岐阜県可児市)、八尾市文化会館プリズムホール(大阪府八尾市)の3館と、地域拠点の協定を結んでいる。劇団の公演だけでなく、劇場と協力してワークショップを考えたり、劇場近隣の高齢者施設や学校に出向いて朗読を行うなど、年間を通して様々なプログラムを実施しており、地域拠点協定は、公立劇場と民間芸術団体との新たな事業モデルとして注目されている。
そのなかのひとつ、可児市文化創造センターalaは、演劇事業は文学座と、音楽事業は新日本フィルハーモニーと地域拠点協定を結んでおり、「ホーム・カミング」という、アーティストが市民のもとを訪問してリクエストに応えるプログラムがある。音楽好きだが足が悪くて劇場に行けない親への誕生日プレゼントに、自宅にバイオリニストを招いてのミニコンサートを開きたいという家族からのリクエストに応えたり。地域のフットサルグループに文学座の俳優が招かれて、一緒にプレーを楽しんだ後に、俳優の仕事について話をしたり。こうしたプログラムを通して、観客と、アーティストや劇場との交流が生まれ、少しずつ公演にも足を運んでくれることにつながってきた。
どこの大都市の劇場も、地域の劇場も、集客・創客の問題をもれなく抱えている。東京も、芸術団体の数が多いため公演活動は盛況だが、経済的にはとても苦しく、観客集め、話題集めを考えざるを得ず、このままでは疲弊してしまう。
そうした中で、東京を拠点とする芸術団体と、地域の劇場やネットワーク体が協力して、東京では実現できない創造環境の中で作品づくりをしていく時代が来るのではないか。創造環境をより良くするためにも、人と人のつながりを密にするような役割を果たすことも、芸術団体や劇場にとって必要なことではないだろうか。
海外の事例
イギリスの地域劇場のひとつ、ウエストヨークシャー・プレイハウス(West Yorkshire Playhouse)では、「ヘイディズ(Hey Days)」というプログラムがある。水曜日の昼間にロビーを開放して、高齢者のための様々なプログラムを行うもので、参加する高齢者は会員制で、参加プログラム数に応じて多少の会費を支払うが、専門家たちによる指導を楽しみにしている。特に、プロの俳優や演出家による指導で行うドラマリーディングは大人気。
ウエストヨークシャー・プレイハウスでは、これが発展して、参加していた高齢者を中心にオーディションを行い、舞台作品までつくってしまった。市民参加型の作品を単につくるのではなく、劇場で継続してきた事業の延長線上で、劇場とアーティスト、そしてプログラムに参加していた人が一緒になって作品ができた、ユニークな事例だ。地域の劇場およびアーティストが、劇場という場所を活用して協働していく、これからの方向性のひとつのモデルといえる。
また、認知症の方を対象にしたプログラムや、シングルマザーを対象としたワークショップなど様々な取組が広がっている。こうした事例からも、これからは、アーティスト、劇場、地域のNPOなどの地域ネットワーク体が一緒になって、地域社会の中で取り組んでいくことが、質の高い作品づくりと同時に大切な役割になるのではないだろうか。
演劇と社会
もちろん、クオリティの高い作品をつくり、観てもらうことで、観客とアーティストが直接的ではなくとも関係性がつくり出され、街が元気になるということもある。
文学座の野口英世を題材にした作品を観た親子が、「学校で習った偉人の野口英世像と全然イメージが違う!面白かった!」と、帰宅してからも親子で話し込んだという例がある。学校から帰っても毎日ゲームばかりだった子どもが、この日は親子での会話が弾んだという。そうした役目を、演劇や芸術作品は担うことができる。
ただそれだけでなく、もっと現実的、直接的な問題にも、アーティストと劇場と地域ネットワークが一緒になって、医療・福祉・教育の一面を通して、地域をより広くつなげていくという役割をも背負っていく時代が来ているのではないか。
観てもらうだけでなく、地域社会とアーティストと劇場とが一緒になって、双方向の関係をつくっていくことも必要ではないか。
アートや劇場ができることは、一つひとつの規模は小さい。けれども、小さいものをたくさんつくると大きな力になる。政府や行政が実施する大きな事業よりも、より強固に、より具体的に人をつなげていく力になるのではないか。
むしろ、そういう方向で、私たち芸術活動に携わる者も、互いに情報共有しながら、経験を分かち合いながらやっていくことがこれから大事ではないか。